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広島高等裁判所 昭和46年(行コ)3号 判決 1973年5月29日

控訴人(被告) 国

訴訟代理人 大道友彦 外三名

被控訴人(原告) 片山薫

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張と証拠の関係は、以下の第一、第二、第三のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、受刑者と文書図画閲読の自由について。

受刑者であつても、基本的人権が保障されることは言うまでもなく、文書図画(新聞を含む、以下同じ)の閲読は、表現の自由の一側面であるとしても、受刑者については、一般国民と異なり、監獄拘禁目的、即ち、刑の執行目的から生じる教化改善、紀律、保安、処遇の公平、衛生給養の維持、一般社会からの隔離および多数の受刑者を集団的に収容する監獄の施設の管理運営の円滑をはかる等の理由からする基本的人権の制限は、合理的範囲の制約として当然許容されるべきものである。憲法第三一条も、自由刑の執行において必然的に伴う自由の制限の合法性を根拠づけている。

二、監獄法施行規則第八六条第二項の解釈について。

監獄法第三一条第二項が文書図画の閲読に関する制限を命令に委任し、同法施行規則(以下規則という)第八六条第一項は文書図画の閲読は拘禁の目的に反せず且つ監獄の紀律を害さないものに限つて許可するとし、同条第二項は文書図画多数その他の事由により監獄の取扱に著しく困難を来たす虞れのあるときはその種類又は箇数を制限できるとしている。受刑者の文書図画の閲読は、行刑目的に反しない範囲でできるだけ許すことが望ましいが、これを自由に認めるときは、刑務所の管理運営に多大の支障を来たすことは、十分予想されるところである。したがつて、同条第二項は、監獄の管理運営上著しく支障を生じる虞れのある場合には、文書図画の閲読が拘禁の目的に反せず、監獄の紀律を害するまでに至らなくても、その種類(特に新聞について)または箇数に限つて制限することができることを規定したものと解される(ポケツト註釈全書(8)改訂監獄法二六五頁、二七〇頁、二七二頁参照、昭和四二年一〇月三一日広島高裁第二部判決、高裁民集二〇巻五号四八四頁参照)。事柄を実質的にみても、人間の読書量は一定の限度があり、日刊普通新聞は多種類存在するが、その記事内容にさして差異は認められず、ラジオのニユース等も聴取できるのであるから、右制限はあながち不都合とはいえない。

三、刑務所長の行なう文書図画閲読の制限と裁量について。

受刑者の文書図画の閲読は、これにより、(1)受刑者の逃走防止、(2)所内紀律及び秩序の維持、(3)受刑者に対する矯正教化、(4)刑務所の管理運営等に害を及ぼし、取扱いに著しく困難をきたす場合には、これを制限する必要がある。刑務所長が受刑者の文書図画の閲読の許否、所持冊数を決定するにあたつては、その数量、必要性、右の諸観点からして相当であるか否かを判断しなければならない。

ところで、受刑者中には、暴力団関係者、その他反社会的傾向の強い者、拘禁に伴い異常な精神状態にある者、付和雷同性の強い者が多く、これらの者の生の力関係により集団の動きが規制される特殊な場である刑務所においては、一冊の図書の閲読も単に一冊の読書というより一冊の本に集約された力関係の移動を表示する面がある。こうした環境下での文書図画の閲読の許否の判断、許可所持冊数の判定には、それ相応の専門的、技術的配慮が要請され、個々の受刑者についてこのような事情を考慮して慎重になされるべきであり、刑務所長のこの点の判断には裁量の幅がある。したがつて、閲読の許否、所持冊数の決定は、刑務所長の裁量事項であり、刑務所長のこれらの点の判断が明らかに不合理と認められた場合に限つて違法となる、と解すべきである。

四、広島刑務所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限処分および読売新聞購読不許可処分は、被控訴人の許可申請の目的からみても適法である。即ち、被控訴人は、(1)昭和二二年七月二六日窃盗罪により懲役八月、(2)同年一一月一九日窃盗罪により懲役八月に処せられ、広島刑務所福山刑務支所で右(1)、(2)の各刑を併せて服役し、(3)同二四年四月二〇日強盗罪により懲役五年に処せられ広島刑務所において服役し、同二七年一〇月二〇日恩赦で出所し、(4)同二八年一二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せられ名古屋および三重刑務所において服役し、(5)同四二年七月三一日恐喝罪により懲役三年に処せられ広島および府中刑務所において服役した長期間の受刑歴を有する者である。また、同人は、同二七年一〇月ごろ、右(3)の広島刑務所に服役中に知り合つた暴力団岡組幹部網野光三郎の輩下に入り、同三六年一〇月ごろ網野光三郎の幹部となり、同三八年五月ごろ山村組幹部服部武の子分となり、同三九年五月共政会が結成されるや参与となり、同四〇年九月頃同会理事長補佐、同四七年四月頃同会理事長に就任し現在に至つている暴力団関係者である。

被控訴人は、前記受刑中、名古屋刑務所に服役中の昭和三〇年頃同囚を糾合して暴動を企画したり、凶器を揮つて職員および収容者を脅迫した等の前歴を有する一方、昭和三一年頃から刑務所の戒護、処遇に対してことごとく不服を申立て、これが認められないと告訴し、不起訴となると付審判請求をなし、あるいは行政訴訟を提起し、執行停止を申立てるという法律的手段を用いて、刑務所当局の処置に執拗に反抗してきたものである。現在までに同人がなした情願、請願は三〇件、告訴告発付審判請求は一八件、行政訴訟は一六件の多数にのぼつている。

ところで、被控訴人の右好訴的傾向は単なる性癖として軽視しえないものがある。被控訴人のこれらの行為は、外形上あたかも自己の権利を守るための適法な権利行使のように見えるが、その実は、権利行使の美名に隠れて刑務所の機能の麻痺を企図するものである。刑務所の機能は、受刑者の身体の自由を拘束して定役に服せしめ、もつて受刑者をして遵法的人間に教化改善せしめる作用を有する。そこで、刑務所の戒護教化が適正に行なわれている状態では、規律も厳正で、受刑者としても日々の生活に制約が多く、必ずしも窮屈でないとはいえないが、特に一般社会において出鱈目で不規制な生活を送つていた暴力団関係者等にとつては、これを著しい苦痛と受け、この規制を排除するために、合法、非合法のあらゆる手段を用いて抵抗するのである。これに対して、刑務所当局が、これを排除しないで妥協、後退あるいは屈服すれば、刑務所の管理機能は弱体化し、職務執行は適正に行なわれなくなるばかりか、遂には、彼等だけが安楽に過せる楽園となつて、刑務所の行刑の目的は果せなくなる。

被控訴人は、今回においても暴力団共政会の理事長補佐の肩書を背景にし、過去の受刑中刑務所当局に対し行政訴訟等により闘争した実績をもとにして、広島刑務所に挑戦する意思をもつて入所したものである。同人が入所時において保安課長と面接した際、「広島刑務所は規則がきびしいと聞いていた。身内の者が出所してきていろいろ話を聞き、大分行き過ぎや不当なことがあると思つた。そのように当所で苦労した身内の者もある程度、私に期待をかけていると思うので、入所したら訴訟しようと考えていた。」、「入所前に東京の弁護士と打合せを十分にやつてきた。」等と豪語し訴訟提起に必要な五〇〇円の貼用印紙も携帯していたことは、同人のこの不逞な闘争意欲のなみなみならぬことを示している。

本件訴訟は、被控訴人が広島刑務所の規律を阻害する目的をもつて提起した訴訟第一号である。被控訴人は、過去の体験から、図書の所持冊数制限を超える所持は、特段の事情がない限り許されず、また普通新聞の購売は認められないことを十分に承知している筈である。被控訴人が、それにも拘らず、広島刑務所長に対してこの許可を申請したのは、真にこれら図書、新聞の閲読を望む意思からではなく、訴訟を提起するための手がかりを得る手段としてなしたものにほかならない。広島刑務所長が被控訴人のこのような申請の目的、許可の必要性、刑務所における規律の維持等を考慮して、右申請に対して、図書については同時所持冊数を三冊、読売新聞については不許可としたことは当然のことであつて、何等違法はない。

五、図書所持冊数制限処分について。

(一)  広島刑務所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限処分は違法ではない。

1、昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」(以下訓令という)第一三条は、規則第八条第二項を受け、私本所持冊数を三冊として取扱うよう定めている。右規定は、その制定当時、全国行刑施設の職員体制及び教育課職員数、私本の所持冊数、官本の保有数、購入、交付、回収、領置、廃棄等の諸手続を調査し、検閲事務、収容者の読書時間、読書能力等から計算して得た結果に基づき、行刑施設における文書図画の検閲、取扱業務、居房捜検業務等に要する職員の人員、業務量および所内の紀律の維持ならびに行刑施設全体の管理運営面を勘案し、収容者に対する閲読図書同時所持の公平と適正を期するために相当であるとして、右のとおり三冊の基準を定めたものである。また、行刑施設は、常時多数の受刑者を収容して集団管理する営造物であることから、施設内および各行刑施設間に基準の区々の差があつては、移監された場合等、処遇上その他に支障が生じるので、各施設全体に妥当する基準として定められたものである。したがつて、右訓令による基準自体合理的な理由がある。なお、右訓令で、施設の長は、同条ただし書の特別図書の私本所持冊数に関する検閲、取扱い業務および居房捜検業務等の必要から、私本の同時所持冊数三冊をさらに制限することが許容されている。

2、広島刑務所長が私本同時所持冊数を制限したのは、管理運営上の理由からであつて、本件許可願に対し右の如き制限を付するのでなければ、同刑務所の取扱に著しい困難を来たす虞れがあつた。

(1) 広島刑務所における暴力団関係者の収容率は、昭和四四年二月当時二六パーセントで、全国平均一七パーセントを大巾に上まわつていた。このような暴力団関係者等の処遇困難者が多い刑務所では、一人の処遇の緩和が他の受刑者に及ぼす影響は甚大なものがあつた。

被控訴人は、地元暴力団共政会の幹部であり、本人の動向については、友好組員および対立関係組員が特に注目し、また、被控訴人がこれを意識して行動しているところであつて、本人に対する処遇は厳正かつ公平にする必要があつた。すなわち、被控訴人に私本の房内所持冊数の増加を認めることは、他の収容者には、読書という問題をはなれ、処遇について収容者側の勝利として受取られ、かつ、これに同調する者が増加する危険性があつた。

このことは、集団の場において通有の現象であり、特に刑務所において強く妥当する。たとえば、収容者の中には、暴力団関係者に対する広島刑務所の処遇が緩和されているとして、民事訴訟を提起する者がある状態で、その影響するところは大きかつた。

(2) 昭和四四年二月当時の広島刑務所の収容人員は一、一五〇名前後で、昼夜独居房に拘禁する必要ある者は一〇〇名余に及んでいた。処遇緩和を目的として、種々の理由を付して図書所持冊数の増冊を願い出た場合、少ない係職員では全体の取扱業務が麻痺する。もしこれが一部の者であつても、刑務所は、限られた職員と予算をもつて多数の受刑者の一人一人に適正な処遇を行ない、矯正教化すべき機能を果たさなければならないから、仮に、ある受刑者の戒護と処遇のために、過大な労力と時間を費やさねばならない事態に至れば、それだけ他の受刑者に対する戒護と処遇がおろそかになり、ひいては、刑務所全体の円満な管理運営に支障をきたし、刑の執行目的も達しえないことになる。

(3) 同刑務所における図書取扱、検閲業務および捜検業務の実状は、次のとおりであつた。

イ、図書の取扱業務

(イ) 官本

官本カードを各人に選定させる。本人の官本所持冊数調、書庫からの選出、貸与簿記入、配本(以上図書係)、捜検(保安課)、回収、図書内の反則品、反則記入、破損の検査、補修、書庫への納入(図書係)。

(ロ) 私本

願箋受付、受付簿記入、願箋内容の審査、所持金の有無調(会計課)、書店への一括申込、書店からの受領手続(教育課図書係)、領置(会計課領置係)、検閲(抹消、削除を含む)、検閲済証貼付、台帳記入(図書係)、保安検査(保安課)、配本(教育課図書係)、指印採取、配付(図書係)、捜検(保安課)、回収、貸与簿記入、図書内の反則品、反則記入の有無検査(図書係)、領置倉庫への納入、基帳への記入(領置係)

これらの業務は、受刑者の教化改善、紀律維持、受刑者の領置物品の適正使用と保管のため必要欠くべからざるものである。

ロ、図書の検閲業務

(イ) 官本

昭和四三年一二月末現在の官本は五、二九一冊、昭和四三年中の一日平均収容人員は一、〇八二・五人である。

官本貸与は交換形式をとつているので、一人当り二、四冊となる。

五二九一÷(一〇八二・五×二)=二、四冊

さらに、広島刑務所の保有官本中には、刊行年次の古いもの、補修中のもの、寄付等によつて取得した収容者一般には要求の少ない図書が含まれているので、実際に貸出し利用されることの多い図書は、全保有冊数のほぼ八割程度である。したがつて、同時に所持しうる冊数を制限しなければ、収容者全員に平均して貸与できないので、制限の最大限を二冊、他に特に必要と認める場合一冊を増加することとした。

(ロ) 私本

昭和四三年中広島刑務所が受付けた受刑者の私本の差入れ、購入の冊数は、九、一四七冊、月平均七六二・三冊である。同年中一日平均収容人員にもとづき一人当り平均〇・七冊であるが、抹消削除を含む検閲所要時間は、単行本一冊約四〇分、定期刊行物一冊約一五分であるから、一箇月分の検閲には三四九時間を要する。一週間四四時間の勤務として、約八週間を要し、最少限二人以上の専従職員が必要となる。

広島刑務所教育課職員は、課長、係長ほか三名で、教科教育、特殊教育、レクリエーシヨン、生活指導、新聞の購入・検閲・交付・回収、教誨師の選定・依頼、学用品購入、所内放送の管理・運営、自動車の管理・運転、写真の検査・保管・閲覧、一、二級集会・誕生会・集団教誨の立会、通信教育の企画・実施、所内誌の企画・編集、集団指導・個別指導など多岐にわたる事務を処理しなければならないため、図書係は一名に制限せざるを得ない実情であり、他課もそれぞれの分担業務遂行に追われ、施設全体の管理運営からみて、教育課に補充することはできない実情にある。

そこで、訓令第一三条ただし書の趣旨から、達示(昭和四二年二月一七日)「収容者に閲読させる図書、新聞紙等の取扱い要綱」により、私本の同時所持冊数を、累進処遇一級者は三冊以内、二級者は二冊以内、三、四級者(除外級処遇者を含む)は一冊とした。

要するに、広島刑務所においては、辛うじて検閲業務を全うしているのであるから、更にこれを増加することは、教育業務のみならず他の施設管理運営にも支障をきたす原因になる。

ハ、捜検業務

拘禁目的あるいは所内紀律維持上から、規則第四五条は、毎日一回の居房内の捜検を規定しているが、施設全体の配置箇所、収容者戒護業務の質と量、職員数からして、広島刑務所においては、雑居房一〇三室(一室面積二二・三平方メートル)、独居房二九一室(同三・七平方メートル)、計三九四室について毎日一回細密検査を実施することは到底できないため、毎日平均四、五人を専任として捜検業務にあたらせ、一日一種目の細密検査重点種目を設定し、捜検居房を八区分し、その一区分の居房の物品のみについて細密検査を実施し、他は一応の捜検とならざるを得ない実情にある。

刑務所における居房の捜検は、本来は居房内の全ての物のほか、居房外の窓格子等にも及ぶべきもので、逃走、自殺防止等の対策上重大な役割を果たしている。従来、図書の宅下げ(領置を解き物品を外部者に渡す手続)、差入れを利用しての事故発生や不正連絡も多く、過去においては死刑囚の金切鋸による逃走の例もあるが、図書の捜検は、本の性質上包蔵が簡単で発見し難く、また、特に扱いを丁寧にしなければならないので、著しく時間と手数がかかる。図書が増加するにしたがつて、その度合は倍加する。

被控訴人の場合も、後述のとおり、一般収容者より閲読図書を増加しており、しかも大暴力団の共政会理事長補佐という地位にあり、前刑で広島刑務所に服役した際の情状、かつて名古屋刑務所での暴動事件の主謀者の一人であつたこと等からして、特に入念な捜検が必要であるのに、それができない実状にある。被控訴人の居房のみに重点をおけば、他に同程度の受刑者が多数いる広島刑務所では、他の受刑者の居房捜検がおろそかになり、その危険性は極めて大きい。

したがつて、この点からもこれ以上の図書の増冊は認められない。

(4) 更に、広島刑務所は、昭和三七年以来、施設の全面改築を収容者の労働により直営で実施中であるが、従来からの刑務所の通常業務がある上に、昭和四三年度の工事量は厖大で、これを限られた職員の定員数、予算、指定工期内で行なうため残業も多く、職員の勤務配置に著しい負担がかかり、図書の検閲、居房捜検の係員を増加するゆとりがなかつた。

(5) 被控訴人は、本件図書所持冊数制限処分を受けても、その主張の訴訟の遂行には何ら支障がなかつた。

イ、被控訴人は、前刑で三重刑務所に服役中、図書閲読禁止処分等取消請求訴訟事件(津地方裁判所昭和三六年(行)第四号昭和三六年一〇月二一日判決)において一審勝訴後、釈放により訴えの利益を失い、右訴訟事件の判決が確定力を有するに至らなかつたことを口惜しがり、本件入所前から、受刑中に訴訟によるいわゆる獄内闘争を行なうことを企図し、東京の弁護士とも打合せ、本件入所に際しては、一般に部内向け出版物である新行刑読本、行刑法演習を含む一〇冊の訴訟関係図書を持込んでいる。また、被控訴人は、前記三重刑務所入所中に、法政大学法学部通信教育を長期間受講しし、法律的知識にも明るかつた。

ロ、被控訴人は、本件一〇冊の図書全部の同時所持が訴訟遂行上必要欠くことのできないものであると主張するが、否認する。

広島刑務所においては、先に(3)、ロ、(ロ)で述べたとおり、当時被控訴人の累進処遇級である四級者の図書閲読所持冊数を一冊とする達示を制定していたが、被控訴人には訴訟追行の便をはかると言う特段の事情を生じたため、特に所長の許可により、本来の一冊に加えて三冊、計四冊の同時所持を認め、さらに交換願を三日前に出せば、常時収容者の手許に三冊が保持された状態で交換を行ない、順繰りに全部を閲読させる態勢を整え、現に被控訴人の申出により一冊の交換を許したが、その後は申出はなかつた。ノート類も手許にあるから、交換によつて同時の多数図書所持と同様の結果を得ることができた筈である。

また、被控訴人は、平日は午前七時三〇分から午後四時四〇分までの就業時間を除き罷業後点検以降、午後九時までの自由時間、および休日の自由時間など十分な時間的余裕があるのに、三冊の訴訟関係図書すら十分利用していない。

以上のように、広島刑務所長としては、被控訴人の訴訟に関し、必要な諸準備、筆記用具、用紙その他について支障がないよう配慮し、法律図書の閲読、同時所持につき最大限の便宜を与え、これ以上に同時所持冊数を許せば、同刑務所の管理運営上著しい支障をきたす虞れがあつて、制限せざるを得なかつたのであるから、広島刑務所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限は必要かつ相当な制限というべきであり、なんら違法はないのである。

(二)  広島刑務所長は本件処分をしたことにつき過失がない。

以上詳述したように、本件図書一〇冊の同時所持を認めれば、広島刑務所の取扱上著しく困難をきたす虞れがあつたもので、少なくとも同所長がそのように判断したのは、多数の収容者の矯正教化を担当する施設の長として、相当かつ当然のことであり、無理からぬところであるから、右判断に過失はない。

(三)  本件処分によつて被控訴人になんらの損害を与えていない。

仮に本件処分が違法であるとしても、被控訴人は昭和四四年二月一七日の右処分によりなんらの障碍も受けず同年三月三日その意図する本件訴訟を提起し、訴訟活動を行なつたものであるし、前述のとおり交換によりその出願にかかる図書一〇冊の閲読を十分なし得たわけであり、同所長はその閲読の機会を奪つたものではないから、被控訴人になんらの苦痛も与えていない。被控訴人が行政訴訟を提起するについて、右図書一〇冊を常時同時所持しなければならなかつた絶対的必要性があつたとは認められない。

六、新聞紙の購読不許可処分について。

(一)  広島刑務所長が被控訴人に対してなした新聞購読不許可処分は、合理的理由に基づくものであつて、違法ではない。

1、刑務所内の新聞取扱いについて

新聞閲読の自由は、表現の自由の一側面として憲法第二一条によつて保障されているが、受刑者については、右自由は全く無制限のものではなく、監獄拘禁目的からする制限は、合理的な制約として許容されるべきである。受刑者の新聞の閲読も、右の目的に背馳し、執行の円満な実現に支障をきたす限り、制限する必要があるのであつて、監獄法第三一条第一項に基づく規則第八六条第一項および訓令第三条はこの趣旨を述べるものである。

ところで、刑務所における拘禁が国により権力的に行なわれるものである以上、受刑者に対する給養は国にとつて義務的なものであつて、日常生活に必要な諸物品も含めて国の費用をもつて賄われるという官給の原則があり、一方では支給されるものは全て差別がなく公平でなければならないとの処遇の平等の原則が要請される。

新聞紙(訓令でいう通常紙)のうち中央各紙は、その記事内容、報道の正確性等に著しい差異はなく、何れか一紙の購読でも知る自由は満たされ、国において選定する一紙のみを閲読させても、受刑者にとつて格別の支障はなく、また、これを受刑者の自費購読に任せれば、無資力者は閲読の機会を逸し、処遇の公平を失する。

更に、新聞購読代金は少なからざる額であるが、その支出源である作業賞与金、領置金は、監獄法第五五条にいう物品であつて、同条はこれらの更生資金としての活用、集団生活中での金員の作用、手続の円滑な運営等を考慮し、釈放の際本人に交付するのを原則と定めている。したがつて、在監中の新聞紙自費購読は不適当である。更に、多数の収容者が各自の金員を支出してその希望する新聞を毎日購入する場合の購入事務、検閲事務等において各種の煩雑な手続上の問題を生じ、刑務所の取扱上著しい困難、支障をきたすから、監獄では新聞紙の自費購読制度を一般的に採用し難い。

2、広島刑務所長が本件新聞購読不許可処分をした実情は、以下のとおりである。

(1) 右処分当時被控訴人に対する処遇は公平かつ厳正にする必要があり、被控訴人に新聞紙の購読許可をすることは他の収容者に処遇の一般的緩和の顕著なしるしとして受取られ、これの同調者が増加する危険性があつたことは、五、(一)、2、(1)に述べたとおりである。

(2) 現在既に通常紙以外の新聞(いわゆる特別紙)の差入れによる閲読は許可されているが、その取扱業務に加えて通常紙の自費購読が許可された場合、広島刑務所の管理運営上著しい困難をもたらす。

広島拘置所の未決拘禁者に対する調査結果から推測すると、広島刑務所内で新聞の自費購読を許可した場合、収容者の約二〇ないし三七パーセントがこれを希望すると思われ、また、広島刑務所の新入者に対する調査結果によれば、購読希望の新聞の種類は約一二種に達する。拘禁されている者の通弊として、他人の所持しない物品を所持したがり、他にこれを誇示する傾向が強いから、新聞の自費購読が許可されれば、希望種類はますます増加すると推定される。

そして、受刑者のうちには、反社会的傾向の強い者や、拘禁に伴い平常と異なる精神状態に陥つている者が多いから、新聞紙の検閲は特に厳重でなければならず、不当箇所の抹消、購入、配布、捜検、回収等の取扱業務も大幅に増加する。

特に、新聞の購入手続は非常に手数がかかり、その配付も、広島刑務所は教育課事務室から居房までの距離が遠く、多種類の新聞を、氏名、居房の対査をしながら、各居房毎に施錠を解いたうえ開扉して行なわなければならず、多大の労力と時間を要し、他の事務遂行に著しい支障を来たす。しかも、たまたまの誤配でもあれば直ちに、それも一般人と異つた極端な態様の苦情を申立てる受刑者が多く、それがもとでトラブルが起り、集団の圧力として刑務所の衆情に影響を及ぼす。当時の広島刑務所教育課の職員からすれば、到底これら自費購読新聞紙の検閲、抹消、配付、回収その他の業務をする余裕はなく、これをすれば他の業務に支障をきたした。

(3) 捜検業務も、五、(一)、2、(3)、ハで述べたとおり、現状ですらその徹底を期し難いのに、自費購読の新聞紙が増加したのでは更に不完全になり、逃走用具、兇器等の隠匿など不祥事故を未然に発見、防止することが困難となる。

また、五、(一)、2、(4)で述べたとおり、広島刑務所は全面改築中であるため、新聞の自費購読による業務に職員を増員できない。

3、広島刑務所において、被控訴人に対し朝日新聞を二日遅れて回覧し、その閲読時間を一五分しか与えていなかつたのに、本件自費購読不許可処分をしたとしても、それは先に述べたとおり管理運営上止むを得ないものであり、新聞回覧が二日遅れるのも、限られた部数を限られた人員で取扱うため、大多数の工場出役者については工場で回覧し、その後出役しない舎房収容者及び病舎収容者に回覧するため、止むを得ないものである。また、その代替措置を次のように講じ、被控訴人の知る自由の確保に努めていた。したがつて、本件自費購読不許可処分は憲法第二一条に違反しない。

(1) 収容者に対し、録音によるラジオ聴取を、独居拘禁者以外の者には更にテレビ視聴を許し、ニユースの速報性に常に留意し、耳からの知る自由の確保に特に配慮している。もともと、受刑者にとり、その矯正教化の必要上、ニユースについては確実性妥当性が速報性より重視されるべきである。

(2) 通常紙掲載記事の主要部分、特に教化上有益な部分を掲載する所内の「人」新聞を、毎月三回発行し、十分の日数を与えて、房内で所持閲読させ、また、有識者を招いて時事講演等を聴取させている。

(3) 一日平均新聞閲読時間一〇分ないし二〇分の者が、日本人全体で一番多く三六・九パーセントである。

広島刑務所でも、朝日新聞が確実に回覧され、閲読時間は、最低一五分を原則的に保障し、実情は約二〇分はある。また、工場回覧中は、新聞の両面を同時に多数者が読めるよう各葉を竹ざおにはさみ、休憩時間中に閲読させ、作業中は竹ざおを吊し上げ、汚損を防止するなど、出来るだけきれいな新聞を出役しない収容者に回付するよう留意している。ちなみに、同刑務所における朝日新聞の回覧部数一八部のうち、国家予算で認められているものは一〇部にすぎず、残りは同刑務所の努力により寄付等によつている。

4、以上述べたように、本件自費購読不許可処分は、広島刑務所の秩序維持および管理運営上必要かつ相当な人権に対する制限であり、十分な合理的理由があり、他に十分な代替措置を講じていることを併せ考えると、何ら憲法、監獄法、同法施行規則に違反するものではない。

(二)  広島刑務所長は、本件処分をしたことにつき、過失がない。

以上詳述したように、被控訴人に新聞の自費購読を認めれば、広島刑務所の取扱上著しく困難をきたす虞れがあつたもので、少なくとも同所長がそのように判断したのは、多数の収容者の矯正教化を担当する施設の長として、相当かつ当然のことであり、無理からぬところであるから、右判断に過失はない。

(三)  本件処分により、被控訴人になんらの損害を与えていない。

仮に本件処分が違法であるとしても、被控訴人は、これによりなんらの影響も受けず、広島刑務所からその知る自由について十分な配慮を受け、代替措置も講じられていたから、何ら精神的苦痛を受けていない。

第二被控訴人は、次のとおり述べた。

一、およそ図書閲読の自由は、憲法第一九条の思想の自由ないし第二一条の表現の自由に属し、受刑者にとつても、懲役監設定の目的に照らし、合理的と認められる範囲で制限を受けるにすぎない。

二、被控訴人が本件一〇冊の図書の房内所持と新聞の自費購読を認められても、行刑施設の管理運営上困難を生じることはない。現に被控訴人は、昭和三六年頃三重刑務所で二八冊の所持を許可され、昭和四六年頃府中刑務所で約二〇冊の所持を許可されていた。

三、本件図書所持冊数制限処分は、被控訴人が行政訴訟および告訴をするのに必要な図書の閲読を、敵対関係にある広島刑務所長が妨害するためなしたもので、裁量権の乱用である。

四、控訴人主張の第一、四の事実中、被控訴人が昭和三六年頃三重刑務所で服役し、その後恐喝罪で懲役三年に処せられ、昭和四四年以降広島刑務所、府中刑務所等で服役したこと、共政会の幹部であることは認めるが、その余の点は否認する。

五、同第一、五、(一)について。

1、訓令第一三条本文は、合理的理由はなく、監獄法第三一条、規則第八六条第二項、憲法第一九条第二一条に違反して無効である。なお、右訓令第一三条但書は、辞典、経典及び学習用図書につき、所長において必要があると認めるときは、その冊数を増加できる旨定めている。

2、(1) 同2(1)(2)の事実中、被控訴人が共政会の幹部であることは認めるが、所持冊数を三冊に制限しなければ広島刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞れがあつたという点は否認する。

(2) 同2(3)について。

イ(イ) 官本取扱業務は殆ど図書係の受刑者によつて行なわれている。

(ロ) 私本は一括して取扱われる上、私本許可の範囲も狭く限定されているから、所持冊数を三冊に制限する理由にはならない。

ロ(イ) 官本の検閲業務は、図書係の受刑者のみが行なつている。

(ロ) 私本の検閲業務は、一括して購入し、且つ許可される本は限定され、抹消削除は図書係の受刑者によつて行なわれるから、控訴人主張のような時間は要しない。

ハ 居房の捜検は毎日行なわれていたが、その時間は一分位で形式的なものである。被控訴人に一〇冊所持させたからといつて、危険でもなく、捜検が困難になるものでもない。

(3) 同2(4)の事実中、広島刑務所が当時施設を改築中であつたことは認めるが、職員を増員しなければ被控訴人に一〇冊の所持を許可できなかつたとの点は否認する。

(4) 同2(5)について。

イ、同イの事実中、その主張の訴訟の第一審において被控訴人が勝訴したこと、広島刑務所に入所するに際し一〇冊の訴訟関係図書を持込んだこと、三重刑務所入所中に法政大学法学部通信教育を四年間受講したことは認めるが、本件一〇冊の訴訟関係図書を必要としない程法律的知識に明るいとの点は否認する。

ロ、同ロの事実中、被控訴人が計四冊の同時所持を認められた点は否認する。被控訴人は三冊の同時所持しか許されず、交換を申し出たが、三日から六日の日数を要した。また、被控訴人は、平日は罷業後点検以降午後九時まで、および休日の自由時間に訴訟準備を行なつていた。ただ、厳寒期の冷え込みや健康上の理由から、訴訟準備に耐えられず、たまたま早く就寝したことがあるにすぎない。

六、同第一、六、(一)について。

1、同1、2の事実のうち、新聞の自費購読の許可が刑務所の取扱上著しい困難と支障をきたすとの点は否認する。また、訓令第三条は違憲無効である。

2、同3について。

朝日新聞の閲読時間は一五分に過ぎず、二日から四、五日遅れて回覧されていた。

(1) 同(1)の事実中、録音によるラジオ聴取が許されていた事実は認めるが、人権に対する制限を正当化する代替措置に価するものではない。

(2) 同(2)の事実中、「人」新聞の閲読が許されていた事実は認めるが、被控訴人は時事問題の講演を一回しか聴取していない。

(3) 同(3)の事実については、新聞の閲読時間一五分は短かすぎ、被控訴人に回覧された新聞は汚損され読み難いものであつた。

第三当審における証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人が恐喝罪により懲役三年に処せられ、昭和四四年一月二五日呉刑務支所に入所し、同月二八日広島刑務所に移送され同所で服役していたが、同年三月二三日府中刑務所に移送されたことは当事者間に争いがない。

二、被控訴人が、同年二月七日、広島刑務所長に対し監獄法概論など本件図書一〇冊の閲読許可願をしたところ、同所長は、右図書全部の閲読を許可するが同時に所持できる冊数は三冊に限るとの処分(以下本件所持冊数制限処分という)をしたこと、被控訴人が、同月一三日、同所長に対し読売新聞の自費による購読許可願をしたところ、同所長は、同月一七日右の不許可処分(以下本件不許可処分という)をしたことは当事者間に争いがない。

そこで、右各処分が被控訴人主張のごとく憲法の定める基本的人権の保障を侵害し監獄法、同法施行規則に違反して無効のものであるか否かについて判断する。

(一)  図書および新聞の閲読は、思想形成の手段であるから、その自由は、思想の自由の一部またはこれに随伴するものとして、憲法の保障する基本的人権に属する。被控訴人の場合も、新聞の閲読はもとより、本件図書の閲読は、受刑者の基本的人権が刑務所内においていかなる範囲で保障されるべきかであり、現実にどのように侵害されているかについての被控訴人の思想を、より明確にしかつ説得力あるものに形成する手段であると解されるから、これらの閲読の自由は、基本的人権として国政上尊重されなければならない。ただ、憲法第三二条の定める裁判を受ける権利の保障は、いわゆる司法拒絶の禁止を意味するにとどまるから、本件所持冊数制限処分は右権利を侵害するものではない。

しかし、国の刑罰権行使は憲法の予定しているところであるから、国民一般と異なり、受刑者の基本的人権の保障は、刑罰権行使に必要な範囲と限度で制限されてもやむを得ない。また、有期懲役囚に対する刑の執行目的の実現は、公共の福祉にあたると言わねばならないから、これに必要な範囲と限度においては、基本的人権の制限は憲法に違反しない。そして、右の刑の執行目的とは、拘禁と定役の賦課を通しての矯正教化と社会からの隔離、これに必然的に伴う集団生活の保持、更には矯正強化の前提である受刑者の生命と健康の維持などに必要な刑務所の管理運営上の規律維持を言うと解される。以上の事柄を新聞と図書の閲読の自由に関して言えば、思想の自由の重要性に鑑み、新聞、図書の内容についての閲読の自由の制限は慎重に考慮すべきであるとしても、内容についての制限には関係がない図書の所持箇数についての制限は、拘禁目的達成または監獄の管理運営上著しい支障を生じる明白な虞れがあつて、これを取除くために必要な範囲と限度においてのみ、公共の福祉に基づく基本的人権の制限として、憲法に反しないものと言わなければならない。なお、右の必要性があると言うためには、右の制限によつて保護される公共の福祉の憲法上の価値が右制限によつて害される人権の憲法上の価値を超えるものであることを要すると解すべきである。また、一流の通常新聞は記事内容と正確性に大差がないから、その論説に受刑者が特に強い関心を有する場合はともかく、閲読させるべき新聞の種類についての制限についても、右に述べたところがそのまま妥当すると言わなければならない。

(二)  受刑者の閲読図書の所持冊数をどの程度に制限すべきかの問題は、行政の特殊分野である行刑を担当する機関がその有する専門的技術的知識と経験に基づき判断すべき事項であり、一定の冊数をもつて適法違法を峻別できるものではないから、右機関の裁量に委ねられるべきものである。しかし、基本的人権を行政機関の裁量によつて制限するのであるから、裁量権の行使につき司法権の審査は当然及び、裁量権の乱用と目されるときは違憲無効であると言わねばならない。

(三)  成立に争いがない乙第三号証、第五号証の一、二、三、第七号証、第一一号証、原審証人花岡昭三、田村定夫、当審証人林久松、岡田芳男、土井忠、谷川正登、山崎清蔵、河元春正の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1)  広島刑務所は、昭和四四年当時、職員約二八八名が通常の刑務所内各業務のほかに施設改築の直営工事に従事し、しかも右直営工事のため特別に定員の枠を与えられることはなかつたので、職員は労働過重気味であつた。なお、受刑者の戒護保安上刑務所施設の改築を一般業者に請負わすことは問題が多かつた。

当時、同刑務所の全収容者約一、〇〇〇名は、いずれも累犯者で、そのうち無期懲役を含む懲役八年以上の長期刑に服しかつ改善の困難な者は約四〇〇名を占め、その余もすべて改善の著しく困難な受刑者で、これらを集中的に収容したため、全国有数の重警備刑務所とされていた。また、全収容者のうち、約二五〇名ないし二六〇名が暴力団員および暴力団関係者で、被控訴人がその幹部である(この事実は当事者間に争いがない)共政会およびその系列下にあるとみられる暴力団員およびその関係者は約一一〇名、これと対立関係にある打越会系統とみられる者は約六〇名であつた。

(2)  一般に収容者は、他の収容者が所持しない特別のもの、高価高級な物品を所持することを誇示する自己顕示性が強く、また他の受刑者に物品を供与して自己の勢力を拡張し、親分子分の前近代的身分関係を刑務所内においても形成しようとする支配的傾向があり、特に暴力団員および暴力団関係者にそれが強い。そして、暴力団員および暴力団関係者は、刑務所内においても親分など指導者を容易に作りやすく、また、刑務所職員に対する反抗的態度や反則行為をすることによつて、衆望を集め指導者になることができ、それによつて配下からの便宜供与を受けることができる結果となる。ささいな綱紀と紀律の弛緩に乗じ、他の受刑者や刑務所の職員までも脅迫し、容易に徒党を組み、集団の力を利用して刑務所内の紀律と秩序を混乱させ、私利私欲をはかり、社会において敵対関係にある他の暴力団との勢力争い、対立抗争を発生させ拡大し、絶対優位に立とうとする。そして、このような実例は、過去全国刑務所で何度か存在した。

被控訴人は、前記のとおり共政会の幹部であるところから、その動向は、共政会系又はこれと対立する暴力団系を問わず、暴力団員および暴力団関係者である受刑者から特に注目され、また、被控訴人もこれを意識して行動していた。

(3)  また、暴力団とは無関係の一般受刑者は、暴力団員や暴力団関係者が刑務所内で優遇されているとの偏見を抱きやすい。更に、受刑者は低所得者が多いのに、暴力団員や暴力団関係者である受刑者は比較的資力のあるものが多いため、新聞の自費購読や私本の所持冊数の増加を認めると、一般受刑者がますます偏見を抱き、刑務所に対する不満をつのらせ、反抗的態度や紀律違反を生じやすいし、また、受刑者間で、新聞、図書の供与を通じて、親分子分の身分関係の発生拡大、派閥間の対立抗争に利用されやすい。現に広島刑務所では、受刑者の某政党員が党本部に対し、同刑務所職員は受刑者を暴力団員ないしは暴力団関係者の故に優遇し、某政党員の故に差別している旨の書簡を出したことがある。

それ故、被控訴人を収容していた当時、広島刑務所内では、綱紀の厳正と処遇の公平を維持しなければ、受刑者の教化改善をはかる上に支障を生じる虞れが大きかつた。

(4)  また、処遇の公平を維持するため、被控訴人に新聞の自費購読および図書同時所持冊数の増加を認めるならば、他の受刑者にもこれらを許さざるを得ず、勢い多種多量の新聞図書が刑務所内に入ることになる。

ところが、このような事態が生じたときには、本来右新聞図書の内容が受刑者の拘禁目的に明白かつ現在する危険を与えるか否かの検閲削除に多くの時間と労力を要するから、刑務所職員の多少の増員があつても追い付かず、刑務所の管理運営上著しい支障を生じる虞れがある。特に、暴力団員および暴力団関係者の受刑者は、その関係する暴力団同志の対立抗争の報道には著しく平静を失うから、この種の記事については、各受刑者ごとに削除部分を異にするなど、煩雑な措置が必要になる。また、書籍は、連絡文、剃刀、金切鋸など戒護上危険な物、自殺用の薬品、麻薬など法禁物の隠匿、運搬に利用でき、その捜検は必らずしも簡単とは言えず、部厚い表紙、背表紙などに細工をして秘匿されたときは、捜検は困難である。当時広島刑務所において、受刑者が居房内で所持していた図書は約四、〇〇〇冊にのぼるが、当時の職員数では施行規則第四五条で義務付けられている毎日一回の舎房捜検を完全に行なうだけの余力がなかつたのに、更に所持冊数が増加すると、捜検の実効を期し難くなり、戒護が困難となり、刑務所の管理運営上著しい支障を生じる虞れがある。そのほか、差入れ、購入、携入による私本の増加により、購入、領置、配付、金銭出納等の取扱業務が、官本所持冊数の増加により官本取扱業務がそれぞれ増大するが、これに見合うだけの労働力を確保し難い実情にある。

(5)  当時、被控訴人と同じく広島刑務所に収容中に行政訴訟を提起していた受刑者二名も、被控訴人と同じく三冊しか同時所持を許可されていなかつた。

(6)  被控訴人は、本件の広島刑務所入所前に、大学法学部の通信教育を受け、在監者の基本的人権が侵害されたことを理由に図書購読禁止処分の取消を求める行政訴訟を自ら提起して遂行する(以上の事実は当事者間に争いがない)など、法律についての知識と実務経験を有する。

広島刑務所長は、被控訴人に対しては計四冊の同時所持を認めたのであるが、右図書の交換の申出があれば、遅くとも三日位後までに被控訴人の手許に三冊を残したままで本件一〇冊の図書を交換して閲読させうる態勢を常に整えていた。また、被控訴人の手許にはノート類もあつたから、要点の筆写などにより、多数図書の同時所持と同等の効果を挙げることができた筈である。

(7)  広島刑務所は、当時、年二回の受刑者に対するアンケート調査の結果、希望者が多かつた朝日新聞を平均的な中央紙として受刑者に閲読させていた。被控訴人のような独居拘禁者には、日曜日の新聞は水曜日、その他の曜日の新聞は二日遅れではあるが、確実に一人一五分当り新聞を回覧され、紙面も読むに耐えない程には汚損していなかつた。工場出役者には、それより一日早く工場内で休憩時間中に閲読させていた。また、正午のラヂオニユースが録音されて、夜間刑務所内に放送され、新聞記事が転載された所内新聞は、比較的自由に閲読が許されていた。

なお、被控訴人は、読売新聞の論説に特に強い関心を有したためにその購読を希望したのではなかつた。

以上の事実認定に反する証拠はない。

三、以上認定の事実に徴すると、被控訴人の本件申請を許可するときは、拘禁目的の達成および監獄の管理運営上著しい支障を生じる明白な虞れがあり、本件各処分は右の虞れを取除くために合理的必要性があるものといわなければならない。しかも、本件各処分による被控訴人の自由に対する侵害は、本件申請の許可によつて害される公共の福祉の程度に比較して決して大きくはないから、本件各処分が憲法に違反し監獄法同施行規則に照らし違法無効のものであると解することはできない。してみると、その違法を前提とする被控訴人の本件損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

よつて、原判決中右判断と異なり右請求を認容した部分を取消したうえ右請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 浜田治 野田殷稔)

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